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母は啓さんを姉の通夜でしか見ていない。
けれど塾講師としての彼から、家に時々かかる電話をとるので、“望月先生”の名はよく知っている。
“望月先生”イコール“通夜に来てくれた理の塾のイケメン講師”と母の中では成立しているらしい。
それでも憔悴しきった通夜で一度会っただけなので、顔の記憶はなんとなくだろう。
「はい。舞さんとお付き合いをさせていただいております」
言ってしまった。
もう後戻りできない。
私は母を上目遣いに見つめた。
母は“どうしましょう”というようにオロオロしている。
「え、えぇ……そうなんですか……舞と望月先生が……。それはそれは……少しも想像してなくて……」
困惑する母の後ろから父が顔を覗かせた。
父は真面目。
いかにも公務員あがりという感じだ。
滅多に怒らない父ではあるが、今回はどうだろう。
父は無表情で、少しも今の心が読めない。
「母さん、あがってもらいなさい」
啓さんが挨拶する間もなくそう言うと、背を向けリビングへ消えた。
「ごめんなさい、私ったら……。どうぞあがられてください」
彼は私を先に中へ入れると、固く「失礼いたします」と言い玄関の中へ足を進めた。
そして「お邪魔します」と綺麗に靴を並べた彼と、私はリビングへ向かう。
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