彼の心の内

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ラブシーンではない。 けれど、誤解される光景を見られてしまった。 涙目の私を見れば色っぽいものでないとわかるはずだが、焦ってしまう。 「お父さん、違うの、別にイチャイチャしていたわけじゃなくってね……」 両手を激しく振って訴えた。 逆に怪しい動きをしていることに、私は気づいていない。 「……理が舞を探してるぞ」 「え!」 手の動きを止めた。 「舞が戻ってこないことを気にしてる」 「そうなの?行かなきゃ……」 慌てて処置室へ駆けようとした私だが、啓さんの存在を今度は忘れなかった。 「お父さん……」 “啓さんは……?” 父を上目遣いに見つめる。 心の声が届いたよう。 父は無言で啓さんの背を押して、続くよう促した。 彼に少しだけ心を開いたように感じた。 頬の涙は全部なくなっただろうか。 処置室の前で涙の存在を手の甲で確認した後、「理!」とベッドへ駆け寄る。 「舞ちゃん……」 理の瞳は不安げに揺れていた。 「うん。ごめんね、お手洗いに行ってた」 「ううん」  「きつい?」 「……少しだけ」 「きっと、点滴が終わる頃にはすっきりしてるよ」 そうだといいと思いながら、理の頭を撫でる。今度は離れずに側にいた。 啓さんもベッドの下の位置から理の様子を窺っていた。 点滴を終え、投薬を受け、会計が済んだのはそれから1時間ほど後だった。   点滴の効果か、突発的な嘔吐は見られず、元気はないものの訴えるのは腹痛だけだった。 驚いたのは啓さんを目に入れた時の理の反応だ。 控えめに彼が、点滴を終えた理に「……理君、大丈夫かい?」と声をかけたのだが、理はとくに驚く様子も見せず「はい。少しお腹が痛いですけど大丈夫……」と答えたのだ。 私は理がおかしくなったのかと思いかなり心配していた。 しかし“望月先生だよ?変に思わないの?”なんて言えるわけもなく、確認しようがない。 理が驚かなかった理由はあとになりわかることになる。
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