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慌てた李緒に宥められて私は声のトーンを落とした。
「さっき話してからさ、自分の死に関してずっと考えているっていうのがどっかで聞いた事があるなぁって思ってたんだ」
「えーと、死を想うだっけ?」
「それはラテン語の警句だね。私が言ってるのは葉隠だよ。ほら山本常朝の」
「うん。あんたは先ず、全人類が江戸時代中期の佐賀鍋島藩士の名前を知っている事前提で話を進めるのはやめようか」
「知ってるんじゃん。李緒」
「アンタからから借りた小説に出てきたからね。で、その葉隠がどうしたの。流石に読んだことないわよ、私は」
「その中に『朝毎に懈怠なく死して置くべし』って一節があるんだ。それを思い出して」
「どういう意味なの」
「武士は何時でも死ねるように毎朝、自分が死ぬところを想像して心を鍛えておけとかそう言う意味」
「へぇ、なんか男らしいわね。でそれがどうしたのよ」
そこで言葉に詰まった。よく考えてみるとなにやらとんでもなく思い上がった自意識過剰ではないかと気づいてしまったのだ。
「いや、だから、その、似てるなぁとか思ったり思わなかったり……」
「何が?」
徐々に萎んで行く私とは対照的に真直ぐに李緒は問うた。真っ直ぐでだから誤魔化す余地が残らない追及で。
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