013.花を拾った夜(1)

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『そうよ。女の子達にも事前にアポ取らせて、お得意様とお出掛けして貰うわ。営業の一環だもの、みんな遠慮なくデートできるでしょ?』  店内での接客だけが商売ではないということか。公私混同と言えなくもないが、抜け目なさには感服する。 『俺から誘っておいて何だが……そういうのは、職権濫よ――』  職権濫用とは言わないのか? と聞きかけた言葉は、彼女の甘い唇に塞がれた。  まぁ、店のことについては、俺は部外者だ。余計な口は挟むまい。  乳房の重みを胸板に受けながら、彼女が仕掛けてくる扇情的な口づけに、収まっていた熱い疼きが刺激され――あっさり制御の臨界点を越えた。  俺達が、寝不足のまま翌朝を迎えたのは言うまでもない。  ――ヒュゥ……パンッ……パンッ……パパパパパパンッ!  軽薄なマシンガンを思わせる激しい連射音に、意識を引き戻された。  灰色の煙が淡く漂う紺碧の空を背景に、赤や緑のスターマインが次々と花弁を広げている。瞬時に色合いも形も変えていく、儚い光の花束だ。  視界の端で、灯りに染まる藤浪が見えた。少年のように瞳を輝かせ、驚嘆の息を溢している。てらいなく、素直に感動を反映させた表情は、彼が警戒心を解いている証だ。普段の彼は人当たりの良い爽やかな美形だが、表情筋と心の内は、完全に切り離されている。  そんな藤浪の様子を、隣から嬉しそうに眺めている彼のパートナーと目が合った。はにかんだ笑みをサッと過らせて、彼女は思い出したようにグラスを少し傾けた。 『神田冴子(かんださえこ)です。よろしくお願いしますね』  指定された船着き場で顔を合わせた俺達は、屋形船に乗り込んでから互いに簡単な自己紹介を済ませた。  見覚えのあるクールビューティーは、プロのジャズピアニストで、『SAEKO』名義でCDを何枚か出しているとのことだった。  藤浪とは、渡米先の和食レストランで知り合ったのだという。同郷のよしみで親しくなったものの、あくまでも友人の一人だったらしい。ところが数年前、偶然例のジャズバーで再会し――互いの心に火が点いたそうだ。  絵に描いたような美男美女、お似合いの二人である。 「……社長。お楽しみのところ、申し訳ありません」
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