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「失礼しました。中座するなんて、ホスト失格ですね」
程なく、苦笑いを浮かべた藤浪が戻ってきた。
隣に座してから、彼の空いたグラスに酒を注ごうとして、曇りが残る眉間に気付く。
「いや――祐さん?」
大玉花火が幾つか夜空を飾っているが、彼の関心は別の所にあるらしい。
こちらの視線の意味を汲み取ったのだろう。彼は酒を含んでから、声を落とした。
「ウチのシマで、妙な死体が出たって連絡が入りましてね」
「妙な死体?」
「ええ。蜂に刺されたらしいんですがね……」
『夏場は活動期なので気を付けましょう』と、数日前、朝の天気予報コーナーで気象予報士のみすず嬢が注意喚起していたことを思い出す。
「アナフィラキシー・ショックですか」
食物や薬物、虫毒により、全身に重い急性アレルギー反応が表れることがある。蜂毒も然り、処置が遅れれば死に至ることも珍しくない。
「恐らく。刺された痕が無数にあるとかで」
「無数に?」
「詳しいことはまだ分からないのですが、グレーのスーツ姿の男性だとか。死体の足元に、蜂の巣が落ちていたそうです」
何か思うところがあるのだろう。打ち明けてなお、彼の眉間は晴れない。
「死体が見つかったのは、どの辺りです?」
隠すつもりはなかったらしく、躊躇わずに答えてくれた。飲食店や風俗店が集中する路地裏だ。しかも、松浪組が所有する雑居ビルの裏口付近に転がっていたという。
「街中でも、ちょっとした隙間に巣を作るとは聞きますが。場所柄、見つけ次第撤去するでしょう?」
「勿論です。妙だという点の一つは、それです。死体の側にあった蜂の巣は、サッカーボールくらいの大きさだったそうです。いくらなんでも、誰かが蜂や巣の存在に気付いていたはずです」
しかし、転がっていたのは巨大化した巣だった。現場付近で作られたと仮定すれば、巣の存在に誰も気付かなかったなんてことがあるのだろうか。
「もう一つは――」
飛びきりの大玉の打ち上げ音が響き、藤浪は言葉を止めて瞳を上げた。
同じく暗いカンバスを見遣れば、大輪の菊玉が花開いた。
「通報する前、所持品を探すために死体を改めたらしいのですが、全身――それこそ足の裏にまで、刺された痕があると言うんです」
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