013.花を拾った夜(2)

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「失礼しました。中座するなんて、ホスト失格ですね」  程なく、苦笑いを浮かべた藤浪が戻ってきた。  隣に座してから、彼の空いたグラスに酒を注ごうとして、曇りが残る眉間に気付く。 「いや――祐さん?」  大玉花火が幾つか夜空を飾っているが、彼の関心は別の所にあるらしい。  こちらの視線の意味を汲み取ったのだろう。彼は酒を含んでから、声を落とした。 「ウチのシマで、妙な死体が出たって連絡が入りましてね」 「妙な死体?」 「ええ。蜂に刺されたらしいんですがね……」  『夏場は活動期なので気を付けましょう』と、数日前、朝の天気予報コーナーで気象予報士のみすず嬢が注意喚起していたことを思い出す。 「アナフィラキシー・ショックですか」  食物や薬物、虫毒により、全身に重い急性アレルギー反応が表れることがある。蜂毒も然り、処置が遅れれば死に至ることも珍しくない。 「恐らく。刺された痕が無数にあるとかで」 「無数に?」 「詳しいことはまだ分からないのですが、グレーのスーツ姿の男性だとか。死体の足元に、蜂の巣が落ちていたそうです」  何か思うところがあるのだろう。打ち明けてなお、彼の眉間は晴れない。 「死体が見つかったのは、どの辺りです?」  隠すつもりはなかったらしく、躊躇わずに答えてくれた。飲食店や風俗店が集中する路地裏だ。しかも、松浪組が所有する雑居ビルの裏口付近に転がっていたという。 「街中でも、ちょっとした隙間に巣を作るとは聞きますが。場所柄、見つけ次第撤去するでしょう?」 「勿論です。妙だという点の一つは、それです。死体の側にあった蜂の巣は、サッカーボールくらいの大きさだったそうです。いくらなんでも、誰かが蜂や巣の存在に気付いていたはずです」  しかし、転がっていたのは巨大化した巣だった。現場付近で作られたと仮定すれば、巣の存在に誰も気付かなかったなんてことがあるのだろうか。 「もう一つは――」  飛びきりの大玉の打ち上げ音が響き、藤浪は言葉を止めて瞳を上げた。  同じく暗いカンバスを見遣れば、大輪の菊玉が花開いた。 「通報する前、所持品を探すために死体を改めたらしいのですが、全身――それこそ足の裏にまで、刺された痕があると言うんです」
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