α-2 ウィリン領

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 世界は広い。そう言って、俺は一旦言葉を切る。  ――本当にそうなのだろうか。  いつも、薄っすらと頭にあった疑問。俺もロックと同じように、自分の生活環境以外のことを、知っているようでよく知らなかった。今日だけでたくさんの驚きがあった。それでも、恐ろしいほどの食い違いは起きなかった。  ――本当に、世界は広いのだろうか?  生活のためならば、形は似ていくのかもしれない。生きるためならば、たどり着く答えは同じなのかもしれない。そういう観点ならば、あるいは。  ――世界は思ったよりも広くなくて、俺でも理解できてしまうのかもしれない。  でも、とりあえず今は。今わかることは、俺は魔物と呼ばれる人類の敵対者の姿で、人間の友ができたということだ。これほど稀有な体験は、俺以外にはきっと誰にもできないだろう。 「これから知ることも、知れないことだってたくさん出てくるだろ。気にすんなよ、友達なんだから」  ロックの表情が見てわかるほどには明るくなる。そしてすぐに、それを隠すように口元を手で覆った。もごもごと何事か呟いて、ロックは顔を上げる。 「うん……!うん!ありがとう!」  それだけ言うと、口元をもぞもぞさせながら図鑑を開いた。照れ隠しだろうか。見れば、はにかみそうになっては頬をつまんでいる。悔しいがロックはそれなりに顔がいいのでそこそこ魅力的な動作だった。女性だったらうっかり恋の一つもあったろう。少なくとも俺はそこまで見境なしではない。ないはずだ。  気持ちを切り替えるためにも、ロックの脇から図鑑を覗き込んでみる。たくさんの挿絵に、注釈を付けたタイプの図鑑だ。一冊作るだけでどれほどの労力がかかったのか、計り知れないほど緻密な挿絵だった。  ただこの図鑑について問題が一つ。 (文字が読めない……)  何かの文字列があることはわかる。だが、文字が頭を滑り落ちていく。意味のある言葉なのかもしれないが、その意味が頭に留まらない。見たことがあるような文字もあれば、形容すら難しい文字もある。  これは誤算だ。大大大誤算だ。話せる、加えて会話までこなせるのだから、“言葉”を当たり前に扱えると思い込んでいた。 (もしかして、この身体だから会話ができているのかな)  考えすぎかもしれない。ただ、ありえないということもないだろう。しかし、文字が読めないというのは致命的だ。
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