α-2 ウィリン領-2

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 だが、そんなことで悩んで餓死など馬鹿馬鹿しい。俺は悲鳴を上げる俺の本能を無理やりねじ伏せ、山のように積まれた干し草を口に含んだ。 (…旨いな)  味はドライフルーツを口一杯に含んだ時のよう。鮮やかで滑らかな味が舌の上で踊っている。ようやくこれで、はっきりした。俺は完全に馬の身体になっている。 (心まで馬にならないように気を付けないとなあ)  咀嚼を繰り返し、芳醇な味を楽しみながら密かに心に決めた。…それはそれとして、考えておきたいことが山ほどある。  まずは男尊女卑の観念だ。ロックが教えてくれた神話「劣神ゲダルの誓約」では、こんな一節があった。  ”女を司る神はゲダルを見、言った。「汝、誓いを果たしたくば捨てよ。汝、友を得たくば捨てよ」。対してゲダルはこう返した。「ならば私は、女であるがゆえのあなたの庇護を捨てよう」と。”  これはゲダルが両世界を渡り、繋ぐものとして昇華されるために必要なプロセスであったのだが、ロック曰く、それゆえに女性には基本的に”神の庇護”がないのだそうだ。だから、女性が仕事の責任を持つことはできない。パートさんやアルバイトさんのように日銭を稼ぐことはできるが、それ以上のことを行える女性は神事によって携わることしかできないのだとか。  かなりひどい話だ。俺は正直にロックに言ったが、ロックはただ曖昧に笑ってそれに答えた。神事に関わる女性は普通の女性だけでなく男性たちとも違い、”神の庇護”を一身に受けている。そのため男性よりよっぽど上の立場にいるし、統治はそういった女性たちによって為されているから、大きな問題はないのだ、と。 (トップに目立つものを置いて、有名無実化させ、実権を握ってきたのが日本の武将たち…いわゆる征夷大将軍だ。そんな使い古された発想が、こんなに発展した世界で本当に用いられているのか…?)  俺は何度目かの反芻をし、干し草を飲み下す。 (知りたい)  なぜゲダルの神話はあんなにも無理やりな締めくくり方をされているのか。神の庇護とやらを受けた女性たちを、本当はどのように扱っているのか。  もしも、俺の考えていることが全部危惧で、ここが争いのない平和な世界なのだとしたら、俺はその在り方を良しと言えるのだろうか。  俺は、どうしても知りたいと思った。
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