α-1 人から一角馬《ユニコーン》へ

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 ひとしきり走り回って、水辺に到達するころには、ある程度混乱からは立ち直っていた。  水面を覗き込む。一度首を引っ込めて頭を振り、イメージを空っぽにしてもう一度覗き込む。しかし、何度覗き込んでも、覗き返してくるものは変わらなかった。 「どう見てもユニコーン……だよねえ、これ」  一人ごちると、水面の馬も口をもぞもぞと動かした。普通の馬との違いは、言わずもがな、額から天高く伸ばされたこの角だ。螺旋模様を描きながら鋭く天を衝くそれは神々しさすら感じさせる。そして純白の肉体、黄金のたてがみ。俺の遊んだゲームに出てきたようなユニコーンそのままの姿だった。  俺は呆然と、大きな池の岸を右往左往する。 「どうしよう、どうしよう、どうしよう……。明後日の数Ⅱ、金子先生だから宿題出さないと面倒なことになるのに……」  およそ今考えるべきことではない。それでも、自分の置かれたあまりの異常事態に、心のどこかが受け入れられないでいた。不安と焦りで押し潰されそうになり、再びおろおろと歩き回る。  脚に伝わる地面の感触を確かめるたびに、少しづつ脳が落ち着きを取り戻していった。  まず、俺はきちんと歩いて行動ができている。しかし、周りの景色も自分の姿も何もかもがあまりにも様変わりしてしまっていた。現実味に欠けていたのだ。ところが今この現状は夢などではなく、確かな現実として存在してしまっている。  そこまで自覚したところで、再び呼吸が乱れていくのを感じた。頭を振って自分自身を誤魔化す。大丈夫、大丈夫。  一度問題を棚上げして、景色に目を凝らす。いつの間にか森にまで分け入ってしまっていた。致命的なミスをしたかと、気分が落ち込みそうになったが、蹄で草木が踏み倒されているところを見つけた。あれを辿っていけば、来た道には戻れることだろう。  俺は大きく深呼吸した。胸いっぱいに涼やかな水と土の香りが充満する。 「本当に知らないところに来ちゃったんだ」  思った以上に弱々しい声が漏れ出た。一人でいることが、心細さに拍車をかける。  目を閉じる。同時に、様々な音が流れ込んできた。俺の心音、呼吸音。聞いたこともない何かの鳴き声、風が通って木の葉が擦れる音。知っているものも、知らないものも、ここに俺がいることで、それが在ると証明している。 「帰らなくちゃ」  俺はただ、静かな決意をもってつぶやいた。
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