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ふと、自分に向けられた視線を感じた。咄嗟に視線を感じた方向――大きな池から距離を取る。そして、そんな自分自身に驚いた。視線を感じたこともさることながら、今なお心臓は早鐘を打ち、身体は燃え上がるように熱く、筋肉が膨張しているのを感じている。これなら、いつでもトップスピードで駆け出せるだろう。
俺は失笑した。
「完全に草食動物のそれだよ…」
心を落ち着かせるためにその場で足踏みをして、おそるおそる池に近づいていく。水面を覗き込むと、今度は馬以外に見返してくる眼があった。それは瞬きを返すと、急にせり上がってきた。
「うわわっ」
慌てて一、二歩下がったところで、ざばっ、と水を破る音が聞こえた。人の上半身のような形をした半透明の存在が、こちらを見つめている。いや、正確には水面から、人の上半身だけが飛び出しているように見える。髪の毛の様に見える部分も液体で構成され、人の顔の目にあたる部分が、丸い蛍光灯の様に光っている。
俺が未だ警戒を解けずにいると、向こうの目が上限の月の様に細まった。人の上半身に見えるからか、俺にはそれが笑顔の様に思えた。
水の人型が手を伸ばす。俺は誘われる様にそれに近づいていった。そして――
微かに草木が揺れる音を聴き取った。
俺がそちらに完全に意識を奪われる前に、木の陰から何かが飛び出してくる。
「危ないっ!!」
警告とともに煌めく光。ゾッとするほど冷たいその光は、身を引いた俺に伸ばされていた、水の両手を断ち切った。
(斬られた!?でも今のは俺を狙ってはいなかったような――)
わずかな焦燥が身を包むが、いやに冷静な頭が状況を判断する。そして俺の勘を肯定するように、一つの人影が立ち塞がった。その手には銀にきらめく剣が握られている。
「君、下がって!あの魔物は危険……え!?こっちも魔物!?どうして!?た、確かに人だと思ったのに!」
加えていきなりギャーギャーと喚きたてている。うるさくてかなわない。
「あの…」
「しゃ、しゃしゃしゃ、喋ったあ!?」
「……」
こちらに剣を向けるかどうかで迷いに迷っている。そんな姿を見て、俺はすさまじい疲労感に襲われた。どうやって説明するか、どこから説明するべきなのか。そもそも彼を信用していいのか。
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