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とにかく警戒を解いてもらわないことには、話すこともままならない。俺は踏み出した。
「えっと」
俺が一歩、歩み寄ると、人間――同い年くらいの少年のようだ――は一歩身を引いた。加えて、剣を左手で中断に構え、右手を弓の弦を引き絞るかのように握りこんで、身体に密着させている。こちらを睨みつけるその視線にやや気圧されつつも、俺はもう一度口を開いた。
「何を勘違いしているかわからないけど、俺は少なくとも君に危害を加えるつもりはない。その剣を降ろしてもらってもいいかな?」
少々傲慢すぎただろうか。歴戦の風格を漂わせる彼に、危害を加えるなどとてもじゃないが出来そうもない。言い終わってから、心臓が早鐘を打ち始める。
他でもない、俺自身に剣を向けられているという事実を、口にしたことで改めて実感する。じっとりと冷や汗がにじむような感覚が全身を包み、不快感に身をよじらせそうになる。だが、それはぐっとこらえた。今は何がきっかけで緊張の糸が切れてしまうかわかったものではない。
油断なくこちらを伺っていた少年が、わずかに目を見開く。そしてゆっくりとその剣を降ろしていった。
「意思の疎通が、出来てるのか……?」
そして口からこぼれる様にそんなことを言った。俺はわずかな安堵と共に小さく息を吐く。最悪の展開にはならずに済んだようだ。
「うん。俺は話せる。みたいだ。もともと人間だから当たり前だけど」
「……ごめん。きちんと聞き取れなかった。何だって?君が?」
「もともと人間だよ」
「はあ?」
少年は口元に手を当てると、訝しげな視線をこちらに投げてよこしてきた。失敬な。今の俺はちょっと四足歩行で真っ白で角が生えてる見た目をした馬の姿だが、中身はれっきとした人間なのだ。
(自分で言ってて悲しくなってきた……)
わずかな胸の痛みと共に俯く。しかし俯いたところで視線はそう動かず、相変わらず訝しげな彼を視界に捉え続けている。本当にどうしてこんなことになってしまったのだろうか。地面をほじくりながら、今日一日自分の何が悪かったのかを振り返った。
――別段思いつかない。むしろ子連れの親御さんに席を譲ったり、今日はいいことをしていた気がする。強いて挙げるならばミックスジュースの一件だろうか。あれで悪事認定されて、見えぬ神様に更生の為に世界を移動させられるなど、笑い話にもならないが。
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