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やがて、少年は口元から手を離す。しかし、その表情は猜疑に彩られたままだった。
「いきなり喋り出した魔物に自分が人間だって言われてもなあ…騙してるとしか思えないよ」
さすがにカチンときた。信じる、信じないは別として、魔物と連呼されては傷つくというものだ。
「俺は魔物じゃない!」
「人間でもないじゃないか」
あっさりと重たい返球をされた。確かに客観的事実からすれば俺は人間ではない。でも間違いなく俺は人間なのだ。尻込みしそうになった自分を奮い立たせる。
「そ、そうだけど、でもそんなつまらない嘘をつく意味がない!」
「それもそう……いや、そうやって油断したところを突くつもりなんでしょ?」
「そのつもりだったらもっと君が混乱してるときに畳みかけるだろ、普通。それに、始めに君が俺の前に飛び出した瞬間に、轢き潰すことだってできたんだからね?」
嘘だ。俺の反射神経などたかが知れている。仮に、少年が飛び出してきたあの時点で攻撃しようとしたとしても、あっさり返り討ちに遭うのがオチだろう。いくら馬のようになって肉体が強化されていたのだとしても、そこは自信を持って言える。
しかし嘘というものは、得てして真実を混ぜることで、論理を補強する重要な手段だ。俺は“不意打ちができる”という嘘に、“攻撃するつもりがはじめから無い”という真実を織り交ぜた。仮定の話と違い、検証のための実践ができないという致命的な弱点があるため、“再現が不可能”な状況においてこの話術は絶大な効力を発揮する。現状のように、一歩間違えば命を落としかねない、検証もしたくない状況ならば申し分ないだろう。
……要はこじつけだ。
今度は少年が口ごもる。良し、ここまでくればあとは友好的に話を進めるまで。俺に攻撃する意思がないことは真実なのだから、善意と好意を押し出そう。今欲しいのは、敵よりも味方だ。
「何度でもいうけれど、俺は君を傷つけるつもりはない。俺は今はこんな姿をしているけれど、もともと人間だったことも、嘘じゃない。別にいきなり全てを受け入れてほしい、なんて言うつもりもないけどさ、頭ごなしに否定ばっかりしてないで、少しは信じてほしいな……」
「うっ…」
段々と言葉を弱々しく発する。我ながら完璧だ。やっていることは下衆の極みだが、こちらも生き延びて帰らなければならない。
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