10秒後の近未来

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やっぱり”災い”なんて無かったんだ。 「璃久、大好き!!」 あたしは思いきり璃久に抱きついた。 「うわっ!なんだよ、急に...」 頭ふたつ分ほど高い位置にある照れたような笑顔。 「ね、も一回。さっきの続き…」 「え…」 璃久はぽりぽり頬を掻くと、辺りを見回した。 あたしの耳元で早口に囁く。 「…目つぶって」 あたしは頷き、目を閉じた。 突然瞼の裏に結ばれた像。 高木さん…? 整った顔を歪め、般若のような形相で あたしを睨み付けている。 艶やかなグロスを塗った唇がゆっくり動き 同じ言葉を繰り返す。 『こ・ろ・し・て・や・る』 右手にカッターナイフを握りしめ、駆け寄ってくる。 振り上げられた刃が、真夏の太陽の強い日差しを映し ぎらぎらと輝く。 あたしは目を開けると、首を真横に向けた。 「ひっ!」 思わず息を呑む。 ほんの数メートル先に俯き加減で立つ高木さんは 逆光の所為か酷く陰鬱に見えた。 ぶつぶつと何かを呟いている。 璃久も同じように横を向いた。 「高木?」 あたしが目を開けてから10秒後のこと――――― 「殺してやる!」 そう叫びながら駆け寄ってきた。 あたしに向かって振り下ろされる、カッターナイフ。 ああ、災いはこれだったんだ… 妙に冷静な頭の中で、そんな事を思った。 飛び交う怒声。 悲鳴、ざわめき、狂ったような蝉の声。 歪む視界。 目の前を染める、火花のような真紅。 そして。 漆黒の闇… あたしの意識は、深く深く堕ちていった。
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