「月がきれいですね」

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「月がきれいですね」

「月がきれいですね」 彼女の黒髪はしっとりとした艶を放ち、学生服のスカートは水気を含んで変色していた。 今は真夜中だけれど、蛍光灯の下に立つ彼女の姿はよく映えた。それは、計算されつくしたような立ち位置だった。 一方の私は、連絡を受けて家を飛び出したままの格好。つまり、上下とも学校指定の体操着だった。ここまで来るのにずいぶんと走ったから、持って出た傘なんて、邪魔でしかなかった。 暗がりに立つ私の姿は、向こうからはよく見えないんじゃないだろうか。  月がきれいですね。  私はもう一度、心の中で彼女の言葉を繰り返した。この雨では、月どころか星ひとつ見えない。 彼女はとうとうどうにかなってしまったのだろうか。 いや、そうではない。 「夏目漱石」 どちらともなく、ぽつりと言った。    とりあえず濡れた服を着替えさせる。白い半袖Tシャツにグレーのトレーニングパンツ。使い古しで気が引けたが、連日の雨のせいで、あいにく、これしかない。  背丈は私とそれほど変わらないはずだが、スポーツもせず食事もあまり摂ろうとしない分、私よりもずいぶんと華奢で、Tシャツの袖から伸びる腕は細く頼りない。     
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