0人が本棚に入れています
本棚に追加
「止めはせぬ」
ほろほろと真珠の涙をこぼす私に、海神はそっと尾を巻きつけ、優しい声でささやいた。
「気の済むまで好きにさせてやろう。おぬしの人の身ははかなく死に果てたが、我が妻として生まれ変わったその身は死なぬゆえ」
もう死ぬことはない。
それが幸福なのかどうか、私にはわからなかった。
「幾久しく、ともにあろう」
唇を開こうとしてもふるえてうまくいかず、ハイと答えることはできなかった。
海神はさびしげに微笑み、私の手をひいて海底の褥へといざなっていく。
いつか、私の方から手を伸ばす日がくるとしたら、これを幸せと思えるだろうか。
あの男が老いさらばえて、刃物をくりだす力をなくしたら。
寿命が尽きて、浜で姿を見かけることもなくなったら。
そのときこそ、私は真の妻として海神とともにありたいと願っている。
すべて忘れて。
(終)
最初のコメントを投稿しよう!