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松林を抜けると、ほんの少し丘になったところに、小さい小屋が建ち並んでいるのが見えた。記憶もないのに、それが漁師小屋だとわかる自分が不思議だ。
近くに行くと、小屋の前で網を繕っている老人が顔を上げ、私を見ると悲鳴をあげた。腰でも抜かしたのか、尻もちをついて後ずさりしている。
「そんなに怖がらなくても」
老人の驚きようが面白くて、私は笑いながら話しかけた。
「私のこと知ってます?」
「堪忍してくだせぇ」
「は?」
「海へお帰りくだせぇ」
「意味わかんないんだけど」
「なんまんだぶなんまんだぶ……」
まったく会話にならない。
手を合わせてひたすら念仏を唱える老人を見下ろして、私はためいきをついた。それで息がかかったらしく、老人は顔をしかめて鼻に手をやる……臭いってか?
頭に来た私は老人を踏んづけて先に進むことにした。
「ぐえぇ」
くぐもった声が足元から聞こえるのを無視して、私はずるずると前進を続けた。
漁師小屋が並ぶ丘の向こうには、古ぼけた家々が点在する漁村があった。あそこに行けば会話が成り立つ人間に出会えるかもしれない。
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