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青年の日常を切り取っていた。描き手とモデルはかなり近しい存在に変化したのだろうか。面しあっていた距離感から、隣に並ぶ距離になった。
けどきっとモデルの人物は兄弟でも、息子でもない。絶対に恋愛関係にあったはずだ。画面が色っぽくなった。輪郭は柔らかく、筋肉は艶っぽく、向けられる表情は甘くなっている。
何冊も、何冊も、同じ人物を飽きずに何日かに一回、ひたすらにデッサンをしてある。学生だった男性は、スーツをまとい始め、十枚に一枚くらいはヒゲが生えるようになった。筆致は恐ろしいほどに上達し、モノクロ写真かと見まごうものもあった。
ページをめくる手が止まらなかった。美しくて、日常の暖かさも感じられて、でもヒリヒリした感情が伺えるものも悲しみや怒りが吐き出されているものもあった。描きながら、モデルに対してどんな感情を持っていたのかが何年もの歳月が経っても、痛いほど生々しく訴えかけてくる。
ただのデッサンでこれまで心が揺り動かされるなんて知らなかった。
とうとう最後の一冊になった。名残惜しく思いながら、表紙をめくり、すぐに閉じた。一緒に見ていた加奈子が、なんで閉じるのよ、とスケッチブックを開いて、中身を確認して頬を赤らめた。
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