弥生

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 ハルの唇が、はじめの唇に重なる。はじめは目を閉じて、幸福な質量を受け止めた。たった一点だけ触れているはずなのに、全身が包み込まれているような充足感で満ちる。  ただ重ねるだけのくちづけが、尊くて、愛おしい。 二人の逢瀬にヤキモチを焼いたような、強い強い風が吹いて、桜の花びらが二人を覆い隠すように舞う。  唇を離すと、二人はひととき真顔で見つめあうと、照れたように吹き出して、笑った。闇夜に打ち上げられた花びらが、ゆっくりと二人の肩に、頭に、手の上に落ちていった。  風が吹き飛ばしたのか、いつの間にか美沙の姿も見えなくなっていた。
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