卯月

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 美沙は加奈子と並んで、4階の美術室へと階段を上る。新一年生募集のポスターの仕上げをしないといけない。イラストは描き上がったので、今日レタリングをして終わりだ。入学式は明後日なので、それまでにはなんとか完成させたかったのだ。  美術室に入ると、部長であるルイ先輩が手招きをした。前髪もまとめて一つに縛り上げ、おしゃれな丸眼鏡をかけたルイは、いつ見てもスタイリッシュだ。先輩が手にしていたのは一枚の鉛筆デッサンだった。それだけではなく、前回にはなかったスケッチブックの山が、教師用の机の上にこんもりと溜まっていた。  窓際のおきまりの席にかばんを置いて、先輩の元へ飛びつく。 「ミサ、あんたこれ知っとるけ?」  首を振ると、先輩はさらに深く首を傾げた。 「うちらが描いたんじゃなかよね」 鉛筆デッサンはカーリーにめちゃくちゃにやらされていたので、それかと思っていたら、そうではないらしい。  ルイに促されて、画用紙を一枚ずつめくっていく。後ろから加奈子が覗き込んでくる。描かれているのは、私たちがカーリーに描かされていたモティーフではなかった。瓶でも、林檎でも、ローマの石膏像でもなかった。それは大量の、男性の肖像画だった。  一番上の紙に描かれていたのは、笑顔が眩しい男の子だった。子供が描いたような、太くて勢いのある線だった。日付は、十五年前の八月。     
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