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クロエは今日も立ち続ける。黒い森の中、時折左右の足を組み替えながら。
長い金髪の少女が天国と地獄の案内役になって六十数年もの月日が流れていた。死んだ人間の魂が正規のルートを外れ、この森に迷い込んだ際の道案内が彼女の役目だ。食事も睡眠も排泄も必要のない彼女は休むことなくこの場所に立ち続けていた。
黒い木々が風に揺れる以外になんの変化もない風景にたった独りで身を置き続けたクロエはいつからか感情を失くしていた。それでも彼女は忠実に役割をこなし続ける。先程から感じていた迷える魂の気配に彼女は数歩歩み寄った。
「……あのー」
影が人の形に見えるくらいに近づくとその魂はクロエに話しかけた。初老の小太りの女は申し訳なさそうにクロエの顔色を伺う。
「あなたは天国? それとも地獄?」
抑揚のない口調でクロエが問う。女がおどおどしながら「天国です」と答えると、クロエは女の頭上の光輪を一瞥し、右の道を指差した。
「この道を進んで左に曲がりなさい」
女はクロエに一礼すると足早に去っていった。この薄気味悪い森を一刻も早く抜け出したかったのだろう。
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