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「ちょっと、さっきからうるさいんだけど」
一つ机を挟んだ先にいた女性が、苛立ちを含ませた声を上げた。
――うわ、めっちゃクールビューティだ
立ち上がった女性は、綺麗な黒髪を肩ごしにストレートに下ろし、顔立ちもスタイルも抜群だった。私と同じスーツ姿なのに、彼女の方が一段と凛々しく見えた。
「あ、私、浅倉美香です。よろしくお願いします」
「東田渚よ。あんたと同じ巡査長だから敬礼とかいらないから。年齢は非公開だけど、二十代に見てくれたら嬉しいかな」
ニッと白い歯を見せて笑う姿は、まさに頼れる姉御肌だった。エロバカ係長の後に会ったせいか、東田のほうが百倍マシに思えた。
「ちょっとごめんね」
東田は背を向けると、パソコンの画面に食らいつくように顔を近づけた。
「東田は、競馬狂いなんだ。しかも普通のレースだけでなく、ネットの闇競馬にも手を出してる」
鼻毛を抜きながら、生田係長がぼそりと呟く。一瞬、聞き間違いかなと思ったけど、立ち上がった東田を見て、聞き間違いじゃないと思い知らされた。
「オラ、行け! カイシンテイオウと名乗るなら、馬群ぐらい蹴散らさんかい!」
突如、握り拳を振り回す東田の怒号が生活安全課の部屋に響き渡った。
「あ、こら、何しとんじゃ! あんたになんぼ銭突っ込んでると思ってんねん! ここでかまさんかったら、詐欺で摘発するで!」
更にヒートアップする怒号に唖然とする私とは対照的に、みんなは黙々と仕事をしていた。
「あ、こら、何をやっとんじゃ! こら、騎手! てめえも男なら力の限りムチ打ってヒーヒー言わせんか!」
無茶苦茶な応援がピークに達した後、その場に崩れ落ちた東田。その全身からは、触れてはいけないオーラが漂っていた。
「係長、帰っていいですか?」
テレビから出てくる某ホラーの人みたいになった東田が、生田係長の前に流れついた。
「何で?」
「お父さんが危篤だって連絡があったんです」
「そうなんだ。でも、渚ちゃんのお父さんさ、去年二十回ぐらい亡くなってるよね?」
生田係長の冷めた返事に、更に肩を落として机に戻っていった。
「全っ然、クールビューティじゃない!」
思わず叫んだ私を、生田係長が睨みつけてきた。
「ちょっと静かにしてくれ。仕事してるだろ」
怪しげなDVDをパソコンに入れながら、生田係長がイヤホンをつける手を止めた。
――なに? ここって警察署よね? 馬鹿しかいないんですけど
心の中で叫びながら、指定された席についた時だった。
突然できた影に驚いて振り返ると、熊のような巨漢で、かつ、凶悪犯も泣き出すような顔をした坊主頭が立っていた。
「そいつは、林 剛健(ちから)巡査部長だ」
生田係長が画面を見つめたまま熊男を紹介してくれた。私は慌て立ち上がり、自己紹介しながら敬礼した。
「林でよい」
厳つい顔にぴったりな渋い声で、林巡査部長が返礼してきた。
「挨拶を」
生田係長と同じ作業着みたいな制服のポケットから林巡査部長が取り出したのは、場末のゲームセンターにも置いてないような美少女系の人形だった。
「はじめまして、メロリンだよ。メロリンはー、メロンの国から剛健くんに会いに来たんだよ」
「はい?」
「剛健くんは、お茶目でシャイで、かわいい顔した男の子なんだ」
「どこが?」
「剛健くんは、わるーい人をたくさん捕まえては、自供させるスペシャリストなんだ。剛健くんの紳士で優しいオーラに、みーんな心を開くんだ」
「顔にビビってるだけでしょ」
「そうそう、私はー、剛健くんにパワーをもらって生きてるの。決して、剛健がしゃべってるんじゃないんだよ。そこんとこ、よろしくるくる、ミラクルクルー」
林巡査部長が腹話術を気取ってるかはわからないけど、明らかに厳つい口を動かしながら、人形の手をくるくるさせた。
「お前も馬鹿だろ」
耐えきれずに悪態つくと、生田係長の叱責する声がとんできた。
「以上、お前を含めてこの四人が一つの同じ班だ」
「へ?」
突然のことに、私は目眩に耐えながら若い係員に助け舟を求めた。
「あ、俺は少年係だから」
あっさり舟を沈められた私は、再びメンバーに目を向けた。
競馬狂いの偽クールビューティ。
謎の人形使いの熊男。
そして、伝説を見事に裏切ってくれた直属の上司、エロバカ係長。
その現実を前に、私は天を仰いで力の限りに叫んだ。
「てか、私の警察人生、詰んだ気しかしないんですけどーー!!」
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