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美人だが、戦場の勇士さながらの豪快な食いっぷりだ。
「ちい、美人なのに残念だぜ……!」
うどん屋の店主は残念そうに指を鳴らした。
彼に言わせれば、百年の恋も冷める食いっぷりだという事だ。
彼らに構わず、蘭丸は静かにうどんを食う。
一日の労働に疲れているからだ。
「さて、ところで兄さんよう。他の仕事も紹介しようかい?」
商人の小男は、一度ねねをチラリと見てから、蘭丸の耳元に口を寄せた。
「女絡みの仕事なんだが」
商人の声は小さかった。
「何?」
蘭丸は眉をしかめた。
「江戸城大奥、そこがどんな所か知ってるだろう」
「いや、俺はよく知らん」
蘭丸は素知らぬ顔だ。
彼は本能的に危険を察知したのだ。
「まあいい―― それでだ、仕事というのは…… 大奥の女を一晩接待するだけで、報酬がもらえるらしいんだ」
商人は鼻息を荒くした。
「……そんな馬鹿な話が」
「いや、あるんだ」
商人は尚も小声で囁く。
「実は、大奥の顔見知りから男の斡旋を頼まれている」
「な……」
蘭丸は二の句も告げぬ。
自分の知らぬ世界を覗いた心地がする。
しかも、それは奥の知れぬ闇だ。
蘭丸もまた人斬りと呼ばれた用心棒だったが、世の中は広くて深いようだ。
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