序章

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 そんなある日、蘭丸は夜の中をさまよう内に、方角を見失った。見覚えのない道に紛れ込んでいた。 (ここはどこだ?)  蘭丸は戸惑う。見た事もない道だ。まるで長屋の裏道――  子供達が遊び場にしているような、そんな不思議な小路。  そして何故か周囲は薄明かるかった。朝陽が昇りつつあるのか、と思ったがそうではなかった。  不可思議な現象に、蘭丸の意識は鬱を脱して研ぎ澄まされていく。  初めて人を斬った時のような――  明確な殺意を秘めて父の仇を討った時のような心理になっていた。  なんという皮肉か、人斬りの所業が彼を正気に戻すとは。 「……む」  蘭丸の目は通りに面した古道具屋に釘付けになった。  古い木の看板の文字は読めない。長く伸びた蔦が店先に生い茂るなど、どうも妖怪の住み処のようだ。  意を決して蘭丸は店に入った。 「いらっしゃい」  蘭丸を出迎えたのは二十歳を少し過ぎた美女だ。十五歳で嫁に行ってもおかしくない時代、二十歳を過ぎれば年増と言われる。 「何かお探しかしら……?」  女の目が蘭丸の全身を舐めるようだった。線が細く、白い肌に深紅の唇をした女である。  長い黒髪は束ねもしていなかった。着崩した胸元が妖しい色気を放っている。 「……刀」  女の妖艶な色気に惑わされる事なく、蘭丸は思った事を口にした。     
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