17人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなある日、蘭丸は夜の中をさまよう内に、方角を見失った。見覚えのない道に紛れ込んでいた。
(ここはどこだ?)
蘭丸は戸惑う。見た事もない道だ。まるで長屋の裏道――
子供達が遊び場にしているような、そんな不思議な小路。
そして何故か周囲は薄明かるかった。朝陽が昇りつつあるのか、と思ったがそうではなかった。
不可思議な現象に、蘭丸の意識は鬱を脱して研ぎ澄まされていく。
初めて人を斬った時のような――
明確な殺意を秘めて父の仇を討った時のような心理になっていた。
なんという皮肉か、人斬りの所業が彼を正気に戻すとは。
「……む」
蘭丸の目は通りに面した古道具屋に釘付けになった。
古い木の看板の文字は読めない。長く伸びた蔦が店先に生い茂るなど、どうも妖怪の住み処のようだ。
意を決して蘭丸は店に入った。
「いらっしゃい」
蘭丸を出迎えたのは二十歳を少し過ぎた美女だ。十五歳で嫁に行ってもおかしくない時代、二十歳を過ぎれば年増と言われる。
「何かお探しかしら……?」
女の目が蘭丸の全身を舐めるようだった。線が細く、白い肌に深紅の唇をした女である。
長い黒髪は束ねもしていなかった。着崩した胸元が妖しい色気を放っている。
「……刀」
女の妖艶な色気に惑わされる事なく、蘭丸は思った事を口にした。
最初のコメントを投稿しよう!