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魔天の城
*****
大奥への荷は江戸城裏門から運びこまれる。
米や日常雑貨など、大奥へ運びこまれる荷は毎日ある。
そのために人足が常に求められている――
「理由がよくわかった……」
うどん屋の屋台で蘭丸は深いため息をついた。
すでに夕刻だ。
彼の隣に座したねねは、疲労しきった蘭丸を眺めて満足そうに微笑した。
「……なんだ?」
「いいええ、蘭丸様がちゃんと働いてきたのが嬉しくって」
ねねは上機嫌だ。蘭丸が思わずはっとさせられるほどのまぶしい笑みだ。
「だってね、ハゲ茶瓶さん……」
「……姐さん? もしもし?」
うどん屋の店主の呼びかけを、ねねは豪快に無視した。
「食っちゃ寝、食っちゃ寝ばかりしてる蘭丸様が、朝から晩まで汗水流して働いてくるだなんて……」
「母親か、お前は」
ねねの隣の蘭丸は苦笑した。ハゲ茶瓶呼ばわりされたうどん屋の店主は、顔を真っ赤にして怒りをこらえている風だが。
(こんなに穏やかでよいのか、俺は)
蘭丸は目を閉じ黙想した。彼は元用心棒だ。
父の仇討ちを成し遂げた蘭丸は、昼の世界から遠ざかり、夜の世界へ自然に踏みこんでいた。
(あの頃は…………)
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