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蘭丸の意識は、遊廓の用心棒時代へと舞い戻る。酒を飲んでも酔えぬ。たまの仕事は、難癖つける客を威嚇する事だ。
時には刀を抜く日もある。命を懸けた斬りあいも、苦界の住人には目の覚める娯楽だ。
斬りあいの事を、蘭丸はほとんど覚えていない。覚えていたら、今ごろ正気を保っていないだろう。
ただ全身全霊を振り絞っただけだ。
型も技術もない、ただ人を斬った経験から生まれた無心の一手。
蘭丸が刀を抜いて斬りこめば、対手は無惨に斬られていた。
死を覚悟した蘭丸に誰も勝てなかった。
(あの狂った日々は何だったのか……)
蘭丸は目を開き、夕暮れ時の空を見上げた。夏は終わり、秋が始まっていた。
「まいったか、この、この!」
「ひいい、姐さんお助けえ!」
うどん屋の屋台の側では、ねねがうどん屋の店主に往復ビンタを炸裂させている。平穏な日常であった。
半月ほどが経った。
蘭丸も大奥への荷を運ぶ仕事に慣れてきた。
荷は江戸城裏門から運びこまれる。
裏門へ続く道は、急な段差を幾つも設けた階段状になっていた。
これがまた人足泣かせだ。
大量の荷を素早く運びこむのは難しい上に、業者も複数やってきている。
江戸城裏門は戦のような騒がしさだ。時には人足同士の喧嘩も起きている。
(これが生きるという事だな)
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