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今までの不調をすべて帳消しにしても尚余りある幸せを噛みしめていると、不意に何か小さくて軽いものがピシッとおでこに当たる。
「わっ!?」
痛くはないものの、突然のことにハッと顔を上げると、視線の先にはバナナで釘が打てるくらい寒々とした表情の百瀬さん。カウンター上にはシイタケの石づき部分が転がっていた。
「ニヤニヤニヤニヤして……ったく、気持ち悪いったらありゃしませんね。とろけるチーズよりとろけてるじゃないッスか。あんまり浮かれてニヤニヤしてると、そのうち本当に顔面がとろけて崩れ落ちますよ」
ひどっ! というか、いくら捨ててしまう石づき部分とはいえ、食物を投げないでください!
負けずに意見しようと厨房のカウンターへ回り込むと、鴨肉独特の脂と昆布から取った旨味たっぷりのお出汁、それに醤油とみりんが合わさった香りがふんわりと鼻先をかすめる。そして、作業台で百瀬さんがざっくりシャキッと包丁を入れているのは……。
「やったー! 今日はせり鍋だー!」
戦いの狼煙を見たインディアンのごとく、土鍋から立ち上るおいしい湯気に小躍りしてしまう。
せり鍋は冬の定番で、いわゆる仙台のご当地鍋。せりは冬から春先にかけてのまさに今が旬で、宮城県はせりの生産量が全国一位。特に名取市のせりは『仙台せり』と呼ばれていて、特産野菜としても有名なの。ビタミンCや食物繊維がたっぷりだから、とってもヘルシーなお鍋なんだ。
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