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「店を辞めることも考えていたけど……来てみて良かった。祖母のロールキャベツが食べられるなんて想像もしていなかったし、料理人として大切なことにも気付くことができた。……ありがとう」
すごく恥ずかしそうに、それでいてそんなところは見せたくない、という強がった表情に陽ちゃんも私も自然と笑顔になってしまう。
「いいえ。またぜひ、いらしてください」
陽ちゃんがそう言うと、工藤さんは速攻で「いいや」と否定した。
「今度こそもう来ないと思う。迷いも晴れたし、変なプライドも捨てられた。祖母から学んでいた時のように、素直な気持ちで料理と向き合ってみるよ。そして、やるべきことをやってみる。できることはもうないと思っていたけど、意外とまだありそうだから」
その表情はとても晴れ晴れとしていて、憂鬱そうに来店した時とは別人みたい。陽ちゃんが嬉しそうに頷くと、工藤さんもニッと笑って席を立った。
自信タップリではあるけれど、さっきまでのような傲慢な感じはない。まさに字のごとく、自らを信じて得た力に満ち満ちて、生まれ変わったようだ。
ピュウ、とまた強い風が吹き、入り口のドアがガタガタと鳴る。工藤さんはふと、そちらを見つめながら、遠い記憶に想いを馳せているようだった。きっと、おばあさんのお店に吹き付ける、故郷の海風を思い出していたのかもしれない。
それから数日後。
あの口コミがいつの間にか削除されていたと、真珠ちゃんが教えてくれた。
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