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「ねぇ、志津さん。ここから出られない、永遠に救われないって言ったけど、それはあなたが思い込んでいるだけなんじゃないかな? 過去の悲しみや苦しみにばかり囚われて、自分で自分を縛り付けているんだよ」
途端、志津さんの顔が気色ばんだ。少し率直過ぎる言い方かな、とは思ったけれど、彼女を救うためには必要なこと。私は思い切ってメスを入れた。
「ここはきっと、あなたが創り出した世界。自分で拵えた檻の中に進んで入っているような状態なんだと思う。私も自力ではここを出られないと思っていたんだけど、身近にある幸せや、楽しみにしていることに意識を向けたら道が拓けたの。ほら、『地獄極楽は心にあり』ってことわざがあるでしょう? まさにあの状態」
地獄や極楽は、人の心の中に存在する。つまり、心の持ちよう一つで、良くも悪くもなるという意味だ。
「確かにあなたは心が千切れるほど無念で辛い想いをした。でもそれはもう終わったんだもの。自分で区切りをつけて前へ進もうよ。じゃないと、それこそ永遠に救われないと思う」
志津さんは最初こそ聞き入れがたい様子だったけれど、思い当たる節もあり、現状を脱したいという気持ちが高まってきたのだろう。その表情から自分に決断を迫り、葛藤しているのがよくわかる。
そのまま暫く黙っていた志津さんは、やがて大きなため息と共に顔上げ、心底困り果てたように私を見た。
「ですが……どうすれば良いのでしょう?」
そう問う否や、恥ずかしそうに俯いてしまう。勇気を振り絞って小さな一歩を踏み出した彼女がなんともいじらしい。
「簡単だよ。会いたい人やその人との幸せな光景を思い浮かべるの」
そこで再び志津さんの表情が揺らいだ。うまくいかなかったら? 私が好きだった男性はもういないのに? 潤んだ瞳がそう訴えている。だから私は、とても大切なことを彼女に伝えた。
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