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「志津さん、あのね……私、陽ちゃん──旦那さんに、夢で見るあなたの様子を話したことがあるんだ。その時、陽ちゃんは泣いていたよ。話を聞いていたら急に胸が苦しくなった、って……。本人もどうしてなのかわからないようだったけれど、あれはきっと魂のどこかで志津さんのことを覚えていたんだと思う。あなたを愛していた男性は、今も陽ちゃんの中に存在しているよ」
そう言い終わるか否かのうちに志津さんの口元が歪曲する。きつく結ばれていた唇が震え、堪え切れないように息がもれると、その拍子に大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
驚き、喜び、安堵、そして希望。そっと志津さんを抱きしめると、長い間感じることのなかったポジティブな感情があたたかい力となり、凍り付いていた彼女の心を優しく溶かしてゆくのがわかる。とめどなくあふれる涙はいつしかキラキラ輝く光の粒子となり、志津さんだけでなく私までをも柔らかく包み込んでいた。まるで春の陽だまりみたいに心地いい。
「悲しい過去にはさよならして一緒に行こう? きっと私はそのためにここへ来たんだと思う。だって、私とあなたは元々ひとつだったんだから」
その言葉に頷いた志津さんとまったく同じタイミングで微笑み合う。些細なことだけれど、私たちの想いが重なり、一つになっていくのを感じる。
それを見届けたように光の粒子が一層の輝きを放つ。あまりの眩しさに目を瞑ると、志津さんの「ありがとう」という安らかな声に続き、どこか遠くの方から私を呼ぶ声がした。
「──まどか、まどか?」
重たい目蓋をゆっくり開くと、心配そうに私の顔を覗き込む陽ちゃんと目が合った。
「陽ちゃん……」
そう呟いてみて自分が酸素マスクを付けていることに気付く。それがヒントになり、意識を失う前のことをだんだんと思い出してきた。白い天井と視界をぐるりと囲むカーテン。ここは……病室? 手術は終わったんだよね?
「大丈夫か? 手術での出血が思いのほか多かったらしいんだ。子どもたちは二人とも元気だよ」
「良かった……」
微笑んだ私を見て陽ちゃんもホッとしたのだろう。いつもの穏やかな笑みを湛え、私の手を両手でしっかりと握ってくれる。
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