Post Card

10/12
前へ
/12ページ
次へ
 それはさておき、その、「中村さん」を識別するには、お互いのためにも「あだな」を付けるのが一番である。一番よく使うのが、会社名や部署名などの肩書きつきの呼び方。 例えば、「○○社の中村さん」。簡単である。  次に使うのが、本人の名前からくる、あだ名である。  例えば、「中村春彦」は「春彦」だから、「ハル」。  どれも安易だが、ないよりましである。  いや。結構重要かもしれない。  電話を通しての仕事をするときに相手の姿は見えないのだから、間違った話をするとそりゃあもう、大事である。  以前、課長が電話で顧客と部下を取り違えて怒鳴り飛ばしてしまい、冷汗をかいたことがあった。  ・・・今思い返しても、そら恐ろしい事件である。 「しかし・・・。あいつって本当にあの呼び名はぴったりだよなぁ」  休暇を取る前に見た、中村の姿を思い出す。  自分よりいくぶん背が低くて華奢な体付きではあるが、頼りない、という感じは何故か全くしない。  ただ、肌の色が透けるように白かった。  「毎日牛乳飲んでますっ」と言う感じ。(言葉の雰囲気でわかってくれ・・・) 「それより、雪のように白いという言葉が似合うか」  片桐はふと笑う。 「ああ。あいつ、二月か、三月頃に生まれたのかもしれないな・・・」  夏に近い、花々の咲き誇る春、でなくて、雪解けがやっと始まる頃の、限りなく冬に近い春。  控えめではあるが、確実にその喜びを感じさせるその季節が、中村春彦の雰囲気そのもののような気がした。  そして、さらに片桐は春彦の顔の造形を思い描く。  量はそんなに多くはないが真っすぐで真っ黒な髪と、すっと柔らかく弧を描いたような眉。  その下につづく皮膚の薄い目蓋の奥には、漆のように黒く濡れて綺麗な瞳があった。  細く高い鼻梁の下に続く唇は、今思えばふっくらと肉感的だったような気がする。  一つ一つを思い浮べると、なかなか整った顔立ちのように思えるのに、性格が限りなく控えめなせいか地味にまとまって、春彦の容姿が仲間うちで取り沙汰されることは全くなかった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加