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それはさておき、その、「中村さん」を識別するには、お互いのためにも「あだな」を付けるのが一番である。一番よく使うのが、会社名や部署名などの肩書きつきの呼び方。 例えば、「○○社の中村さん」。簡単である。
次に使うのが、本人の名前からくる、あだ名である。
例えば、「中村春彦」は「春彦」だから、「ハル」。
どれも安易だが、ないよりましである。
いや。結構重要かもしれない。
電話を通しての仕事をするときに相手の姿は見えないのだから、間違った話をするとそりゃあもう、大事である。
以前、課長が電話で顧客と部下を取り違えて怒鳴り飛ばしてしまい、冷汗をかいたことがあった。
・・・今思い返しても、そら恐ろしい事件である。
「しかし・・・。あいつって本当にあの呼び名はぴったりだよなぁ」
休暇を取る前に見た、中村の姿を思い出す。
自分よりいくぶん背が低くて華奢な体付きではあるが、頼りない、という感じは何故か全くしない。
ただ、肌の色が透けるように白かった。
「毎日牛乳飲んでますっ」と言う感じ。(言葉の雰囲気でわかってくれ・・・)
「それより、雪のように白いという言葉が似合うか」
片桐はふと笑う。
「ああ。あいつ、二月か、三月頃に生まれたのかもしれないな・・・」
夏に近い、花々の咲き誇る春、でなくて、雪解けがやっと始まる頃の、限りなく冬に近い春。
控えめではあるが、確実にその喜びを感じさせるその季節が、中村春彦の雰囲気そのもののような気がした。
そして、さらに片桐は春彦の顔の造形を思い描く。
量はそんなに多くはないが真っすぐで真っ黒な髪と、すっと柔らかく弧を描いたような眉。
その下につづく皮膚の薄い目蓋の奥には、漆のように黒く濡れて綺麗な瞳があった。
細く高い鼻梁の下に続く唇は、今思えばふっくらと肉感的だったような気がする。
一つ一つを思い浮べると、なかなか整った顔立ちのように思えるのに、性格が限りなく控えめなせいか地味にまとまって、春彦の容姿が仲間うちで取り沙汰されることは全くなかった。
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