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「その、二十二の小娘に小突かれなきゃ、勤務表も、作業報告書も、旅費精算も出せないのは、ど・な・た・さんでしょう?」
「ぐっ・・・」
片桐は、言い返す言葉が見つからず、唇を噛む。
「・・・しょーがないなー」
本間は栗色の髪をするりとかきあげ、苦笑した。
「片桐さんって、夏休みの宿題とか、しこたまため込んで、お母さんにいつも怒鳴られてたでしょう?」
「・・・大当たり」
片桐は、お手上げ、のポーズをとる。
「見た目には、余裕のある締めきりってやつが嫌いなんだよ。俺は」
子供の頃は母親に怒鳴られ、社会人になって女子社員に怒鳴られ、結婚したらカミさんに怒鳴られるんだろうなぁ。
旅費精算伝票をぐっと握り締めて、片桐啓介(二十六歳・独身)はぼんやり考えた。
「・・・なぁに、独りうっとりしてるんですか」
心底呆れた顔をして、本間が横からぺち、と片桐の頭を軽くはたく。
「なんにしろ、ホテルの領収書がないと、宿泊代は降りないんだから、頑張って探してくださいよ」
「ないもんはないんだもんなぁ・・・。ここは一発、本間ちゃんの色香で、総務経理部をたらしこんでくれよ~う」
「何言ってんですかっ。旅費精算担当は、女性でしょーがっ!」
「なに固いこと言ってるんだよ。美しければ、れずでもいいじゃーん?うん。俺が許す」
「かーたーぎーりーさ~んっ」
我慢に限界を感じた本間が手近なファイルを掴みあげたその瞬間、
「あの・・・?」
柔らかなテノールの声が割って入った。
二人が一斉に振り返ると、ちょっと困ったような顔をした男が立っていた。
「あ、あれ?中村くん、どーしたの?」
課内の人間には、たとえ上司であろうとも容赦ない鉄拳を繰り出す本間も、別部署の人には恥じらいというものがあるらしく、慌ててファイルを元の位置に戻して、作り笑いを浮かべる。
「もしかして、そろそろこれがいるんじゃないかなと思って・・・」
控えめに一枚の伝票を差し出す。
「あ・・・!」
問題のホテルの領収書であった。
思わず、片桐は中村の手から領収書をひったくり、光にかざしてまじまじと眺める。
「おおう。これだよ、これっ!!・・・ハル、なんでお前が持ってんだ?」
「なんでって、片桐さん、ホテルを出るときに十日頃まで預かっててくれって、俺に言ったじゃないですか」
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