第一章 視線

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「いらっしゃいませ! あっ、こんにちは!」 「こんにちは」  今日は、ついてる。暖簾をくぐって店内に入った途端、目的の相手と目が合った。  藍色の作務衣を身につけた涼やかな立ち姿が、真正面から俺に笑顔をくれている。ちょうど厨房から出てきていたようだ。 「お水、どうぞ」 「辛味おろし蕎麦の大盛。ハモ天をトッピングで」 「辛味おろし蕎麦、大盛にハモ天をトッピングですね。かしこまりました。あの……」  オーダーを復唱したらすぐに厨房に引っ込むのが常の店主だが、なぜか場にとどまり、顔を近づけてきた。 「今日はテーブル席もあいてますが、カウンターでよろしかったですか?」  耳元にその気配を感じた直後、ごくごく小さな声で尋ねられる。  内緒話のような体勢での小声の理由は、他の客に会話を聞かれないようにという配慮だ。俺と反対側のカウンターの端にも、一人で来店してる先客がいる。  店主が俺にこう尋ねてきたのは、以前、あるトラウマのせいで女性が苦手だと俺が話したせいだ。カウンター席は、すぐ隣に女性客が座る可能性もある。だから、この突然の顔同士の密着は、店主の純粋な気遣いからきている。 「構いません。一人ですし。長居はしませんから」 「そう、ですか? 矢代(やしろ)さん。私どもへのお気遣い、いつもありがとうございます」  淡々と答えを返せば、満開の笑みが至近距離でひらめいた。  あぁ……この人の、この表情、本当に堪らないな。
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