第一章 視線

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 邪気のない、心からのものとわかる純粋な笑顔。それを目の当たりにし、心臓が大きく跳ねた。  信じられない。俺、もう二十五歳だぞ。なんだ。この、甘く軋む鼓動と緊張感は。青臭い中坊の頃なら、ともかく。この歳で、こんなにもむず痒い疼きに身を浸すことがあるなんて。こんなことが自分に起こるなんて思ってもみなかった。 「では、少々お待ちくださいませ」  けれど、ドクドクとせわしなく跳ね続ける鼓動を持て余す俺の心中になど少しも気づかない相手はサッと一礼し、厨房へと戻っていく。  ふんわりと甘い余韻だけを残して、早足で去る後ろ姿を目で追いかける。名残惜しく、追いかけ続ける。じっと、どこまでも。  俺の心を捕らえて離さない、しなやかな痩身の一挙一動を。溢れる想いを閉じ込めた熱視線で、いつまでも追い続ける。
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