雀のお宿

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 夫に話すつもりはありませんでした。夫は娘たちに甘く小言ひとつ言えない。そのくせ機嫌悪くなって私に当たるから相談してもいいことは一つもないんです。一晩寝られずに考えた末、次の日の夕方、私はユウミが寝転んでスマホを見ている六畳に入ってゆきました。襖の外では学校から戻った長女フユミとノゾミが伺っています。  強く叱っても堪えないし、善悪を説いてもこの子には通用しない。こういうことをすると、どういう危険があるかを、私は考え抜いた順序で一時間もかき口説きました。真剣でした。あまりに真剣に話したので、喉は渇き、肩に力が入って息も浅くなるくらい。ですのに…。  ユウミは黙って丸い目を張っていましたが、話が終わると数秒沈黙し、畳に目を落としたまま 「私のおっぱいは私のモンでしょ、どうしようと勝手じゃん」 と、早口でつぶやいたのです。  それは、ホントにつぶやきです。誰に言うともなしの独り言です。ムキになって言ってくれたら、まだ良かったか知れません。アクビとかクシャミとかと同じ、まるで感情のないつぶやき。私にはそれが、膝をカクンと後ろから突かれたような不意打ちでした。 「お母さん、キレる、キレるよ…」 という姉妹のサザメキが襖の向うから聞こえています。 いや違う。キレてはいない。ためしに 「きぃいいい~っ」 とカナキリ声に出して言ってみましたが、どうも気持ちがそぐわない。怒りというものはもっと、こう、上向きのものでしょう。そんな上向きなエネルギーはいっこう無い。 キレたはキレたでも、風船の糸が切れて、ふわぁ~っと空に放たれた感じ。さらにその風船の空気が、しゅう~っと抜ける感じ。それで 「しゅう~っ」 と声に出してみると、これが気持ちにしっくりなじみ気持ちがいい。私は 「しゅう~~~~っ」 と言い続けながら六畳を出ると、怯えた様子の娘たちの前を素通りし、夫婦の寝室に入り、ドアをバタンと閉めてしまいました。
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