雀のお宿

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 ブラジャーをしないと胸は自由自在に揺れるものだ、これは新鮮な感覚でした。あんなもので後生大事に守ってたモンはなんだったのか! 私は下がり気味のおっぱいをユサユサさせて、駅と反対側の、行ったことのない道に、ズンズン踏み込んでゆきました。 世田谷区といえば瀟洒な住宅地のイメージをお持ちの方も多いでしょうが、この辺りは農村の名残がずいぶん残っているのどかな所です。小道を覗くとちょっとした竹薮がありました。道は行き止まりで突き当たりはアパート、その後ろは古い神社の森になっています。  感じのいいアパートでした。ブルーグレイとアイボリーの木造二階建て、築七、八年くらいでしょうか。四つ並んだドアの取っ手は金色に光っています。上下で8部屋。大きからず小さからず。「バンブーハウス」と書かれたプレートもやはり金色で、外階段の登り口に掲げられています。ここに一人で住んだらどうだろう。中年女のひとり暮らしなんて、すごく自由な感じです。今と同様クリーニングチェーン店でパートしながら一人暮らしする自分を想像してニンマリしてしまう。そんな、今まで考えたこともなかったことがふっと頭に浮かんでくる。私にだって、絶対できないということはない、そんな気がしてくるのです。  狭いが清潔に掃除された部屋。ふっくら干した自分の布団で竹薮を渡る風を聴きながらノビノビと眠る夜。朝はお弁当作りでテンテコマイすることもない。 妄想を膨らましている間に辺りは暮れてゆき、肌寒い風も出てきて私は急に心細くなりました。といって、家に帰りたくも無い。    仕方なく小道を引き返そうと振り向くと、暗い竹薮の中から微かに明かりが漏れている。向こうにアバラヤという佇まいの古い平屋が見えます。「雀のお宿」という言葉が、ぽっと浮かんできました。アパートと地続きなので大家さんでしょうか。竹箒や様々な梯子、古いビールのケースなども置かれています。私は深い考えもなしに竹薮に足を踏み入れて庭に出て、薄暗い座敷を覗き込むと、そこに干からびた人間のようなものがアグラをかいているのが横向きに見えます。 今度は「即身仏」という言葉がぱっと浮かんできました。 するとその即身仏が縁側越しに 「どちらさんですか」 しわがれ声で言ったので、自分で入ってきたクセに、私は驚いて叫びそうになりました。
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