曼殊沙華

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 女は一番奥にある部屋で、長椅子に横たわり、上半身を起こした姿で「ごきげんよう」と言って頬笑む。    床には彼岸花が散っていた。  赤、白、紫、黄色とランダムに散らばる花はどれもみな毒々しく、女がさしているくすんだワイン色の口紅とよく合っていた。 「ああ、お医者様。病院からわざわざ来てくださったんですね、お忙しいのにありがとうございます」  ニコニコほほ笑み、愛想を振り撒いた女の首筋にも赤い彼岸花が咲いている。 皮膚がひきつるのか、鎖骨をおさえつつ起き上がろうとしたので、そのままで大丈夫な旨を伝えて、鞄から聴診器を取り出した。 「そんな道具、ひとつも役に立ちませんよ。あたしはもう、花に生気をぜんぶすいつくされて、干からびておしまいなんですから」  テーブルにおいてある、銀製のタバコ入れから一本、紙巻きタバコを取り出してくわえようとした女に「診察しますから」と制し、嫌な顔をされる。 「先生、一服ぐらい見逃してくださいよ。こっちはもう長くないんだ」  確かに、女は痩せているし、顔色も悪い。  必死に隠そうと厚い化粧をしているが、粉をふいたように荒れた肌はかえって痛々しい。  ヒガンビョウと呼ばれる疾病、もとい流行病は色街一帯を震え上がらせ、男たちは飛び火することを恐れて近寄らず、どこの郭も閑古鳥が鳴いていた。  蔓延させた奴は誰だろうねえ、と女は彼岸花を爪先でいじくりながら、軽く咳払いをした。  ぼとり。  首筋から、花が落ちた。  彼岸花が床を埋めるときに、自分は此の世と別れるんでしょうね、なにも楽しいことはなかった、辛いばかり。  女は歌うようにひとりごち、着物の前をはだけさせた。
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