第1章 プロローグ

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「二人ともお父さんに似たのよね。お父さんはハンサムボーイで大学のミスターコンテストで1位になった事もあるのよ。よく言えば繊細で優しいんだけど、悪く言えばネクラね。」  父親の彰浩は俺が七歳の時に肺癌で突然亡くなった。  36歳という若さで亡くなるまでに一ヶ月に満たない日数だった。  あの日突然に、勤務先で出身校の有京大学から、芸術科の准教授をしていた父が倒れたという連絡が来た。  病室に俺を連れて入った母親の様子が、尋常ではなかったことは今でも覚えている。  意識がもうろうとしている父親の酸素マスクを、何度も「彰浩さん、彰浩さん」と呼び続けながらはぎとろうとして看護師に止められた。  意識は戻ったが、急激に症状が悪化し衰弱していく父親の傍を母は離れようとしなかった。  最後は呼吸不全で亡くなったが、医者もあまりの症状の進み方の速さに不思議そうな顔をしていた、と母が後に教えてくれた。  夏の終わりに父親の彰浩は、息が止まって、返事もしなくなった。その体を揺り動かし、動かない父親の体に取りすがって、子供の様に泣く母親の取り乱した姿を見たのはそれが最初で最後だった。
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