第1章 プロローグ

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「佳樹はあんまり覚えていないわよね。お父さんの顔を・・・。イケメンだったのにね・・・。」  母親の目が潤んでいる様に見えた。  父の怒った顔を見た記憶がない。確かにいつも優し気な微笑を浮かべながら傍観しているような人だった。  高校の時はバトミントンの選手で身長は185cmあったらしい。大柄な体に似合わず無口で優しい人だった。夫婦喧嘩も見た記憶がない。  夏の初めに元気にキャッチボールをしてくれた父親が、その夏の終わりに神隠しにあったように消えてしまった。  俺には未だに父親が蒸発していなくなっただけで、或る日の夕暮れにボソッと帰ってきそう気ながしている。  十年間ずっと無意識に待ち続けてきた気がする。  自宅を出て下り坂が途切れた辺りから広い国道に出る。  五年前に出来た巨大なショッピングモールの駐車場を通りすぎて、ラーメン屋や子供服の店だのを通り抜けると、深緑の丘を背にした上り坂がまた始まる。  丘の頂点には水奈子の通う芸術大学がそびえ立っている。白い壁に緑の尖った屋根で、ヨーロッパの城を真似ている様に見える。 「ご苦労様、朝から悪いわね・・・・。」  教授の家を案内してもらうのに水奈子と水奈子の通う郷北芸大の傍のコンビニで待ち合わせした。水奈子は一足早く同じ郷北大学生の恋人と車で研究室の下見に行っていた。2日目の機材運びの手順を考える為、とか言っていた。 「おはよう。あれ、佳樹君、背伸びた?」  水奈子の新しい恋人の山田佑二が水奈子の隣で手をかざしながら、俺を見るなり能天気な感じで挨拶してきた。水奈子の好きなタイプはいつも能天気な感じ、というキーワードでくくられる。
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