35人が本棚に入れています
本棚に追加
/759ページ
第22話 “羽倉城の狂宴”(前編)
【羽倉城】執務之間――
陽はすでに中天を越え、眠りを誘うような心地よい暖かさが執務之間に満ちていた。
積もる疲労のせいもあったろうが、気づけば弦矢はうたた寝をしていたらしい。まどろみを邪険にする軽い咳払いに、目を開ければ白髯に理知的な相貌を包み込んだ叔父の無庵が訪れていた。
ただ、そこに付き従う事務の高官だけでなく近習長である弦之助や忌み子の無庵までが顔を出すとは思いもよらず、何やら畏まった話しがあるようだと気を引き締め、眠りへの甘い欲求を断ち切らねばならなかった。
「――つまり、若は駆け引き無用と考えなさるか」
白髯の静かな問いかけに言い得ぬ圧力を若干ながら感じつつ弦矢はさらりと応じる。
「繰り返すが“知る事と知らぬ事の量”において、我らとあちらでは差異がありすぎる。殊に我らはこちらの世について何も知らぬ身――それで、まっとうな駆け引きなぞ成立するとは思えん」
例えば交渉する間もこの世界について調べる機会が得られるならまだしも、“魔境”に閉ざされた状況ではそれも不可能事。
最初のコメントを投稿しよう!