牛乳

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しかし夢の事を言い出せませんでした。お姑さんも、シズコさんの旦那さんもクリスチャンです。幽霊の話なんて信じて貰える筈がない。なによりもお姑さんが赤ちゃんをあやしたり、哺乳瓶でミルクを飲ませたりしている様を見ていると、どうしても言い出せず、そのお宅を後にしました。それからも毎晩、シズコさんは現れ続けました。 「堪忍な、シズコの想いをなんとか伝えようと思たんやけど、赤ちゃんの顔見てたら言い出せへんかったんや。でもな、赤ちゃん、お乳を飲んでたよ。そやから安心しよし」 それでもシズコさんは現れ続けました。シズコさんの俯いた姿を見ているとたまらなく切ない気持ちになり、涙が溢れ続けました。 「シズコ堪忍な、堪忍して。成仏して、お願いやシズコ」 ただただ、両手を合わすことしか出来なかったそうです。 ところがある時嫁ぎ先で再婚話が持ち上がり、新しいお母さんがやって来ました。あれだけ毎晩現れていたシズコさんが現れ無くなったのも同じ頃でした。周りはこの再婚に反対していたのですが、新しくお母さんになったその女性は、本当の我が子の様にシズコさんの赤ちゃんを愛情持って育て上げ、やがて立派な娘さんになり、シズコさんの後を継ぐかのように、大勢の人たちから慕われる愛情深いクリスチャンに成られました。 後年、お姉さんはシズコが牛乳を持って現れたのは、飲ませたかったからではなくて、母親としての愛情を与えたかったのではないか、そしてそれがようやく叶った。だから安心して、天国に行ってくれたんだと思う、そう語るお姉さんの顔はとても懐かしそうな表情を浮かべていたそうです。
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