牛乳

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これは私が生まれる前の話です。 母の親戚にシズコさんという女性がいました。シズコさんは敬虔なクリスチャンで、たくさんの人たちから慕われるとても愛情深い女性でした。シズコさんは同じクリスチャンの男性とお見合いをされ、女の子を出産されました。しかし、赤ちゃんを産んだその日の夜、病院のベッドで亡くなられてしまいました。あまりの突然のシズコさんの死に、誰もが驚きと悲しみを露わにせずにはいられませんでした。 なによりもシズコさんのすぐ上のお姉さんのショックは計り知れませんでした。シズコさんが亡くなるのを目の当たりにしたのがそのお姉さんだったからです。人が死ぬということはこういう事なのか。シズコさんは突然身体を震え出させかと思うと、口を大きく横に広げ、歯をグッと噛み締め、カッと目を見開き、黒目は上に上がり、身体を上下に揺らして担当医や看護師さん数人架かりで抑え込んでも痙攣は収まりませんでした。 あんなに優しく、信仰深い妹がなんで…。 シズコさんの初七日が過ぎた頃、深夜自宅の和室で一人寝ていたお姉さん。気配がありました。誰かいる。誰?押入れの襖がぼんやりと光っていました。よく見るとその光はシズコさんでした。まるで映画のスクリーンの様に襖に映し出されているシズコさん。胸まである長い髪、浴衣のような薄い着物を着ているものの、紛うことなき妹でした。 でも怖くはない。お姉さんは 「会いに来てくれたんか?」 そう訪ねましたがシズコさんは何も返事をしませんでした。口が利けへんのやろか? でも何か言いたそうにしていました。 見るとシズコさんは片手で持てる小さな鍋を持っていました。中には白い液体。湯気が立っていました。 沸かした牛乳?でも何で?お姉さんはハッとしました。シズコは赤ちゃんを産んで間もなく亡くなった。さぞ母親として心残りだったんだろう。 「それを赤ちゃんに飲ませたいんか?」 そう尋ねても何も返事をしないシズコさん。しかし気持ちは痛いほどよく分かる。 「分かった、ほな、お乳を赤ちゃんに飲ませてあげるさかいな、安心しよし」 そう言うと目が覚めました。変な夢を見たと思っていたお姉さんでしたが、シズコさんは毎晩現れました。手には牛乳の入った鍋を持って。これはただの夢では無い、シズコの思いを伝えてあげなければ。お姉さんはシズコさんの嫁ぎ先のお宅へ向かいました。
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