1.優しい死神

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 「あー、しおん様、またさぼってる。」  ぼんやりと一人の老女を見守っていた僕に、ふいっと横に現れたアガサが言った。  「失礼だね、さぼっているわけじゃあないよ。考えているんだ。」  僕は言った。  「…また、悪いクセが出た!あのおばあさんに同情しちゃってるんでしょ!」  アガサは半目になって言った。  「だってさ、僕としては穏やかに終末を迎えてほしいのはもちろんだけど、幸せだったって思ってほしいじゃないか。」  僕は指先を昏々と眠り続ける彼女に向けた。  すっと、彼女の上にライフシートが現われる。  『上沢ウメ、95歳。19XX年11月3日生。村野小学校卒業、町田女学校卒業。19YY年上沢一郎と結婚、翌年長男聡、2年後長女美和子出産。20ZZ年、夫一郎死亡。以降独居。犯罪歴なし。評価業績なし。善行評価Cランク。悪行評価Fランク。死亡年月日2018年8月10日。死因老衰。特記事項特になし。』  「ほらー、可も不可もなくの人じゃない。老衰だよ。ヒトの器の限界ってだけじゃない。殺されたり、病となったりじゃないんだから、十分幸せだと思うよ。」  僕は溜息をついた。  だって、彼女の言う通りだ。  この人は、特に悪いこともしていない。そしてまた、魂の審判で訴えるべき善行もしていない。ただ、正直に真面目に生き、誰かを傷つけることもなく、誰かに憎まれることもなく、ただただ平凡な人生を歩んできた。  だから、このウメさんの『終末』は穏やかな終末なのだ。  運命の神々はウメさんの『犯罪歴なし』と『悪行評価Fランク』に対して『穏やかな終末』を割り当てた。  でも、彼女の『人生』は幸せなものだったのだろうか。  だから僕はアガサに言った。  「勉強が好きだった人だよ。女学校を卒業したら、大学に行きたいと密かに思っていたんだ。でも、両親の決めた人と結婚した。ご主人の上沢一郎さんは、真面目で物静かな人で、特に趣味もなかった。家族そろって旅行どころか子どもたちが結婚して、家を出てからも旅行一つ行くこともなかった。無口なご主人と日がな一日過ごし、唯一の楽しみは庭で育てていた季節の花々と図書館で借りてくる本。これってさ…」  僕はアガサをじっと見つめて言った。  「特に不幸せってわけでもないけど、幸せでもないよね?」  「もう!本当に!!死神は永久に連れて行くのが役目なんだからね!」
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