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「それでそいつ、何て言ったと思います?読んでみたいから一冊くれないかな、ですよ!?」
金髪の美女が声を荒らげた。
「ハア~?何よそれぇ」
深紅のルージュに彩られた唇が、同調して不快を口にする。
「応援してるんだったら、買って欲しいですよねっ」
ふわりと髪を揺らし、眼鏡少女も不満を漏らした。
「アタシだったらそんな男、プチッとやっちゃうけどねプチッと」
人差し指と親指の腹をぎゅうとくっつける仕草のルージュに、金髪美女が乾いた笑みを浮かべる。
「純一郎さんが言うと洒落になりませんよね……」
「あらぁ、アタシ洒落なんて言わないもの」
ルージュが満面の笑みで言った。
六人掛けのテーブルに紅茶とカステラを並べ、三人の倶楽部員が他愛のない話で盛り上がっている。
黒い手袋を嵌めた金髪の美女、泉鏡歌。ウェリントンの赤縁眼鏡が印象的な少女、与謝野秋子。そしてシャツから覗く程よい胸板と紅で彩られた唇が艶やかな、谷崎純一郎である。
ここは食堂だ。彼女らが腰かけているものと同じ形のテーブルが他に五台据えられており、現在所属している二十五人の会員が全て入っても事足りる広さを有している。アーチ形の窓が幾つも並ぶその向こうにはテラスが設けられており、暖かい日にはそこを使って食事を摂る会員も度々目撃される。
「そういえば」と谷崎が思い出したように言った。
「今日、新しい男の子が入ってくるらしいわね」
「志賀さんが連れてきたんですっけ」
泉がカステラを手に取りながら言った。
「どんな人なんでしょうね、楽しみです」
与謝野が唇の前で両指先を合わせて、ふわふわと笑う。
「秋子ちゃんはあれよね、歳上のオジサン希望よね」
「なな、何をおっしゃいますか!」
「だって森先生みたいな人が好きなんでしょ?」
「はえ……!ち、ちが、ちが……!」
顔を真っ赤にしてどもる与謝野。
その横でティーカップに口を付けながら、素知らぬ顔で泉が言う。
「純一郎さん、みたいな人じゃなくて森先生が好きなんですよ、秋子ちゃんは」
「あら、そうだったわね」
「違いますからぁ!」
「またまたぁ、いいのよ隠さなくても」
「もう!純一郎さん!」
これぞ生きがいだと言わんばかりに楽しげに笑う谷崎に、与謝野は頭から湯気を出しそうな勢いで憤慨している。
丁度その時、入り口のガラス扉が開いた。現れたのは堀と、その背後にもう一人、見知らぬ少年が付いて歩いている。
気付いた谷崎が手を振った。
「たっちゃんじゃないの」
「純一郎さん」
堀が少年を伴い、寄って来る。
「もしかしてその子、例の新人さんかしら?」
「はい、三島由季夫君です」
紹介を受けた由季夫が「宜しくお願いします」と小さく頭を下げる。
「由季夫君、こちらは谷崎純一郎さんに、泉鏡歌さん、それと与謝野秋子さん」
谷崎は「どうも~」と指をひらひらさせ、泉と与謝野はぺこりと会釈をした。
「やだわあ、制服なんて若いわねえ、幾つ?」
「十七です」
由季夫の返答に、谷崎は「あら偶然」と与謝野の方を向く。与謝野はぱっと顔を輝かせた。
「同い年です!それに私もまだ入会して一か月の新人です。良かったら仲良くしてください、由季夫君」
「こちらこそ、えっと、与謝野さん」
「秋子でいいですよ」
「あ、秋子、さん……」
「はい」
ころころと人懐こい笑顔を浮かべる与謝野に対し、由季夫は慣れない様子で頬を染めている。
花が舞うようなその光景に、堀がぽつりと言った。
「初々しいなあ、十代」
「ほんとよね」
谷崎が賛同する。
「かつては私達にもありましたね、そんな時代が」
「ちょっと、悲しくなるようなこと言わないで頂戴よ」
遠い目の泉の肩を、谷崎が叩いた。
三人のぼやきを耳にした与謝野が、不思議そうな顔をして問いかけた。
「皆さん、まだそんなに悲観する程の年齢じゃないですよね?」
「この二人はそうかもしれないけど」と、谷崎が泉と堀を指して投げやりに言う。
「アタシはもう三十四よ。嘆きもするわよ」
「BIG4を除くと最高齢でしたっけ」
堀の自覚のない無神経な発言に、谷崎は「言い方!」と声を荒らげた。
「全く失礼しちゃうわ、二番目よ、お馬鹿」
「一番上は志賀さん」
泉の訂正に、堀が「ああ、そうでした」としゃあしゃあと答える。
衝撃と言わんばかりに、由季夫が思わず「えっ」と声を上げた。
堀の言葉に重なるように発せられたその反応に谷崎、泉、堀は、もしやと言う様子で由季夫を見る。与謝野も僅かに驚いたような表情をしている事から、由季夫と同様、どうやら多大な勘違いをしているらしい。
「成程ね、あんた達まんまと見た目に騙された組なわけね。あいつ外見歳不相応だから」
「因みに由季夫君は直先生の事幾つだと思ってた?」
「二十五、六かと……え、あの人一体幾つなんですか……?」
怖々と尋ねる由季夫に、泉がさらりと応えた。
「三十六」
「ぶえっくし!」
赤い液体の入った試験管を左右に揺らしながら、志賀は盛大なくしゃみをした。
隣室に居た森が目を輝かせて、ドアの隙間から顔を出す。
「おや志賀君、風邪かな?注射打つ?」
「結構です」
想像していたより一回りも上という事実に、由季夫は青ざめた。
「あれで、三十六……?」
「信じられません、志賀さんって凄く若々しいんですね」
与謝野は純粋な驚きを口にしているようだが、由季夫の呟きには他意が混じっている。つまり、志賀の行動ひとつひとつを顧みて、あまりにも年相応には感じられない、子供っぽい、ということである。
「気を付けなさいよ、由季夫ちゃん。ここには年齢詐欺みたいな奴らがごろごろしてるから、うっかり地雷踏まないようにね」
谷崎が言った。
「地雷ですか?」
由季夫が訊き返す。
「若く見られるのを気にしてる人もいるってこと」
自身に置き換えて考えてみると、確かに中学生に間違えられたら少し腹が立つ。けれど歳を重ねれば重ねる程、若く見られるというのは嬉しいものなのではないかと、由季夫は思っていた。それとも十七の自分よりまだ下がいるというのだろうか。
しかし、この忠告の意味を、由季夫はすぐに身をもって味わうことになる。ただこの時の彼は、谷崎がごく自然と発した”由季夫ちゃん”という愛称の方が断然気になってしまっていたので、忠告の事など頭の片隅に入れる程度で、さほど重要視してはいなかったのだ。
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