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伊織は、まだ手に握られている硬貨を確かめて、一年生をもう一度先ほどの販売機の前へと誘った。
「じゃあ、俺がきみの分を代わりに買うよ。交換ね」
伊織がそう伝えると、一年生は素早く首を左右に振った。その髪が少し乱れる。
「大丈夫です。俺はいりません」
「えっなんで? 飲み物買いにきたんだろ?」
「いや、ま、そうなんですけど……また違うものが出てくるんじゃないかって、いま疑心暗鬼になってるんで」
そう言われてみれば、その可能性は捨てきれない気もしてくる。
しかしこのままでは安んじて販売機を利用できないはずだ。
伊織は販売機の側面へ頭を突き出してみた。
「それならやっぱり、業者に連絡してみた方がいいよな。もしくは先生に相談して、同じ事例が今までにないか聞いてみるとか」
伊織自身、そこまで大事にしたくはなかったが、人が困っていたら親身になって最後まで付き合いたいと思う、幼い頃からの性分だった。
業者への連絡先を見つけるより前に、伊織の後ろにまわり込んだ一年生が再び声をかける。
「あの、本当大丈夫なんで。次きた時また同じことがあったら考えますから」
その言葉に意識を引き戻され、伊織は視線を一年生に向け直す。
「そう?」
「はい」
どこかほっとしたような彼の表情に、伊織もつられて安心した。
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