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――数分前。
木内知世は、いつも通り無糖コーヒーを飲もうと、販売機のある一階へと下りてきた。その際、販売機のエリアに入るかどを曲がる前に、一つ向こうの階段を右折した人の姿をちらっと見た。
あの様子なら、方向的にはこちらへ向かってくるはず。知世は商品ラベルを眺めながら、何となしにそわそわしてしまった。
見間違いでなければ、いまの人物は何度かここの販売機で見かけている、二つ上の先輩。名前もクラスも知らないが、見るたびに甘い飲み物を選んで買っていたため、なんだか可愛い人だなと無意識のうちに顔を覚えていた。
以前から、少しでも話をしてみたいと思っていた。その姿を見かけるほどに意識が向き、声をかけたい衝動を毎回抑えて飲み込むことを繰り返していたくらいだ。
つまり、恒例のごとく、また悩み苦しむ時間がやってきたらしい。こうしている間にも、あの三年生はこちらへ接近してくる。次第に足音が近くなってくるのだから、ここに用があって向かっていることは確かだった。
もし話しかけるなら、何か話題を用意しておかねば。そう思い話のたねを探すが、急に話しかけて不審者に思われたらどうしようもない。これまで接点がなかった関係であるのだ、急展開すぎるだろう。
気は急くが、時間がない。
知世はぐっと喉を鳴らして、ブラックコーヒーに置いていた視線を、その列の二つ左にあるカフェオレへとずらした。
じんわり汗の滲んだ手を持ち上げると、カフェオレのラベルの下にあるボタンを、そっと押したのだった。
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