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「本当にさ、なんでこんな場所に家を建てたんだろうね」
10m程の赤く塗られたアーチ状の橋上で、裕子が達樹に問う。
「確かに。こんな山奥じゃ近所付き合いなんて全く無かっただろうな」
「一家心中だもんね…闇が深そう」
橋を渡った先は、砂利道が続いている。砂利道の左右を見渡せば、車で通ってきた道と同じく、鬱蒼とした森が広がっている。緊張感漂う道中、ジャリジャリと歩く度に鳴る石が擦れる音、そして止む事無く鳴き続ける蝉の声が、二人の耳に終始飛び込んできた。
何かがぼんやりと視界に入り、懐中電灯を足元から正面へ向けた達樹。明かりを向けた方には、使い古された公衆トイレがあった。
「なんで家の道中に、公衆便所があるんだよ」
「気味悪いね…達樹、扉開けてみてよ」
「はぁ?嫌だね、変なもんあったら嫌だろ…死体とか」
「無い無い!ほら、懐中電灯代わりに持ってるから!」
裕子に唆されるようにして、懐中電灯を手渡した達樹は、強がりながら扉のレバーハンドルに手を掛けた。ごくりと唾を飲み込み、怖さを紛らわせる為、一気に扉を開ける。
「きゃああああ」
裕子の叫び声が辺りに響き渡る中、目を細めながら内部を確かめる達樹。しかし――赤いスプレーで所々落書きされて血飛沫に見える箇所があるだけで、何の変哲も無い、ただの薄汚れただけの公衆トイレだった。
「よく見てみろよ、スプレーだぞこれ」
「えー!騙されたー!」
達樹は、扉を勢いよく閉めた。
「怖い噂なんて、こういう所から広がっていくんだな。期待していると損するな」
再び達樹が懐中電灯を持ち、二人は目的の家へ歩いて行った。
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