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 定頼の君なんて言わなくていい。賢子ちゃんは綺麗な顔をしていると言うけど、定頼の野郎だよ、野郎!それで十分だ。   その父君は、あの「和漢朗詠集」を編まれた和歌の名手の四条大納言。といえば聞こえはいいけど、女房から評判は芳しいものじゃない。  だって、かつて「藤式部」さまに酔っ払って「若紫はいずこ?」なんて話しかけて女房たちに「お前は光の君かよ」と失笑を買ったという、あの公任(きんとう)の大納言よ!それで「紫式部」のあだ名になったんだけどさ。  右中弁は出世街道の一つだし、おそらく今後この人は太政大臣父子にすり寄って出世していくんでしょう。  しかしね、親子揃って女房を馬鹿にしやがって。馬鹿にするのもいい加減にしろって話だ。賢子ちゃんも目を覚ませ。  おのれ公任・定頼親子め。  いきなり私が御簾から出て来たので、びっくりした右中弁は固まっていた。 「大江山」 「生野の道の遠ければ」 「まだ文も見ず天の橋立」  一言言う度にその裾から袖を引いて私はゆっくりと立ってやった。あまり背の高くない右中弁は、恐怖に怯えている。  この橘綾子(たちばなのあやこ)さまの美貌を光の元で見せてやったというのに、それは何ごと?  ワナワナと震える定頼の野郎は、もう片方の袖で顔を隠しやがった。     
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