安楽椅子

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安楽椅子

わたしが胸を張ってはじめて探偵と名乗ったのは、たった二年前のことだ。 五年前、どこかの誰かが夜逃げで放り出した廃棄資材だらけの一部屋を、困った管理会社から安く鍵を借りて、そこから始めた仕事であった。 どうしてその椅子に座るのよ、と彼女はぶーたれながら床を掃いた。いつもの意味も脈絡もない小言だ。 どうしてこの椅子に座るのか。 腰の曲がりが痛む腰にフィットするから、そして何より肘掛から背後の装飾がーー座っていては見えないがーー見惚れるほど美しいからであった。 『なんでって、座りやすくって、そして好きだからだよ。 椅子を選ぶ上で、座りやすさと好み以外に気にすべきと言うなら、香りくらいしかないさ』 答えると、彼女は私の言葉をいっさい無視して、今度は部屋の右奥の本棚にハタキをかけた。 そこから煙のように舞いあがったほこりが、部屋中の空気に散る。 『窓は開けないのかい』 返事はなく、迷ったようにこちらを見た後、黒いヒールをツカツカ鳴らし、この部屋に一つしかない、つまり私のすぐ背後の、大きな西洋の窓ーー年代物のいいスリガラスだーーを開け放って、とどめとばかりに溜息をついた。     
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