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どの夏も同じように暑いが、恋愛のある夏は特別だ。熱は身体を火照らせ、心を燃やす。生まれてから経験した28回の夏の中で、何回、そんな夏があっただろうか。啓介は数えてみる。物心つかない年齢を除けば、割合高い勝率かも知れない。
同じ女の子と連続して過ごす夏もあったし、複数の相手がいた夏もあった。いずれにしても、誰か一緒に過ごす相手がいたという点では同じだ。
コインに表と裏があるのと同様に、夏も恋のある夏と、ない夏とがある。表が続くこともあれば、裏ばかりのこともある。
啓介の考えるところによれば、それは全く確率的な事柄で、自分でコントロールの出来るものではなかった。ふらっと誰かが側に来て、離れていく。離れていってしまうのは、自分にそれほど魅力がなかったからなのだろうし、仕方のないことだけれど、暫くするとまた誰かがやってくるのは不思議だと啓介は思った。だから、啓介は誰かがコイントスをして決めているのかも知れないと思うことにした。あるいはもっと恣意的に、”次はお前だ”と神様が指名しているのかも知れない。どちらにしても、啓介にとっては預かり知らぬところで起こっていることだ。どの鳥がやってきても、宿り木の方はただそれを受け入れるだけだった。
案外人生なんてそんなものだと啓介は心得ている。
確率的に起こる偶然の連続。思い通りになんてなるはずがない。予測すら出来ない。10回連続でコインの表が出ても、11回目のコインの表裏はやはり50%で、些かもその確率は変わらない。10回表だったから次も表だろうという予測は正しくないし、10回も表だったから次は裏だろうという予測も正しくないのだ。独立な事象が積み重なって、可能性だけが広がっていく。過去は未来に些かも影響を与えない。そして振り返って見れば、確率の海の中でたった1つの結果にたどり着くのだ。コインの裏と表の連なり。 啓介はその鎖の上を歩くランダム・ウォーカーだ。ふらふらと拙い足取りで、何処かに向かっている。それは決して”目的地”などではなく、単なる”終着地”に過ぎない。独立な時間をやり過ごしていると、やがてその場所にたどり着く。そして、後ろを振り返った時、啓介はその道のりの余りにも真っ直ぐなことに驚くのだろう。まるでこの場所を目指して歩いてきたかのような、直線の軌跡。啓介はその場所で立ち尽くすのだった...。
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