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最近、暑くなったなと思ったら、どうやら夏が来たらしい。季節は知らないうちに移り変わる。
ファミレスの窓際の席で、啓介はアイスコーヒーを飲んでいた。グラスが水滴で濡れている。
昼下がりのファミレスは女子高生の塊で溢れかっていた。試験前で部活もなくなり、行き場を失った彼女たちは、吹き溜まりのようなこの場所に集まってくるのだろう。
そういえば、結衣と付き合い始めたのも夏だった。2011年の夏。僕にとっては大学の夏休みだった。たしか、その夏も確かに暑かった。暑さを避けるために、啓介は図書館に通っていた。原子力発電所の稼働停止による電力供給の不安定からか、館内の冷房はごく控えめで、それがかえって啓介にとっては過ごしやすい環境になっていた。
東日本大震災の時、啓介は実家にいた。近所の家々と比べて啓介の実家が大きく揺れているのを、啓介は外の道路から眺めていた。きっと屋根の瓦が重かったからだ。家はそのまま傾くかと思われたが、存外にも持ち堪えた。部屋に戻ってみると、サッカー部で県大会準優勝になった時に貰ったトロフィーが床に落ちてバラバラになっていた。その他に、震災で啓介が失ったものは特に思い当たらない。
トロフィーの代わりに、啓介は快適な室温を手にしたのだ。
その年、大学では震災関連の講義が多く開かれた。地震学だけでなく、危機管理や、あるいはその他の社会学の講義だった。学生ボランティアとして被災地に入ることもあった。啓介もその一つに参加し、津波被害の傷跡を目の当たりにした。そこでは、車や、家や、そして人の命が、落ちて壊れたトロフィーのように簡単に失われていた。
そんな酷い出来事の後、いつもの夏が来た。その年、快適な室温の図書館で結衣と出会ったのだ。それは啓介にとって紛れもなく失ったトロフィーを埋め合わせて余りある収穫だった。東北の人々は何か得たものがあっただろうか。
あれから何回の夏を過ごしたのだろう。啓介は窓の外をぼんやりと眺めながら考える。結衣とはその次の夏を迎えることは無かった。啓介は彼女から一方的に振られたのだ。どうしてだったのだろう。啓介は未だに理由が分からない。女の子に振られることはそれなりに啓介は経験してきたし、それは仕方のないことだと理解していたのだけれど、結衣との別れは何故だか不思議と特別に啓介の心に傷を残している。
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