2回目の夏

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「ケイスケ!」 気付くとそこには結衣がいた。小柄で華奢なその姿は6年前と全く変わっていないように思えた。丸い顔にくりっとした瞳が、歳の割には幼い印象を与える。 「ユイ、久しぶり。元気そうで良かった。」 啓介は言う。月並みな言葉しか浮かばない。 「うん、ケイスケもね。」 6年間という時間が、啓介と結衣を隔てる壁となっているみたいだった。 「変わってないね。全然。」 結衣は笑っていう。その笑顔こそ、全然変わってない。 「ユイもね。」啓介は親しみを込めて言う。 6年間という歳月は啓介と結衣を(へだ)てはするが、2人の親密な感情はその壁を超えて互いに伝わる。 「変わったよ、私は。少し痩せてスタイルも良くなったし、学生の時より色気が出たと思わない?」 「いや、昔のユイのままだ。」 「失礼ね。ここは、”以前よりずっと綺麗なった”って言うところよ。」 「それって、なごり雪?」啓介は思わず聞く。 「そう、イルカの。」 「なごり雪の歌詞は”以前”じゃなくて”去年”だし、来たのは夏じゃなくて春だ。」 啓介は指摘する。しかし、啓介が前に結衣と会ったのは”以前”と気軽に言える歳月を遥かに超えた昔の話だった。 「そうだっけ?」 結衣は舌をペロッと出しておどけた顔を作った。その顔も、かつてよく見た顔だった。 「でもね。本当に変わったのよ、わたし。」 結衣が急に真面目な顔をするので、啓介は言葉に詰まって結衣をまじまじと見る。 「子供がいるの。お母さんになったのよ。」 「え!?そっか、そうなんだ。おめでとう!」 啓介はつい結衣のお腹に目をやる。あまり膨らんではいないようだったが、そこには確かに命があるのだ。それは神秘的なことだと啓介は思う。20万年も昔から人類が繋いできた命だ。 「いやいや、もう外に出てる。」 結衣は啓介の視線に気付き、親指をお腹から外に向かって振るような仕草で啓介の想像を否定した。啓介はこの瞬間に人類の歴史にまで妄想した自らの早とちりを恥じる。 「え?ああ、そうか。いつ?」 啓介は気恥ずかしさを隠すようにして訊ねた。 「もう6歳になる。」結衣は言った。 啓介は慌てて計算する。6歳の子供がいるということは、6年前に出産したということだ。計算するまでもなかった。 「それって......?」 啓介は思ってもみなかったことに動揺を隠せない。 「ケイスケの子よ。あなたはお父さんになりました。」
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